素集庵 - hut on a phase transition

散逸構造、形態形成、創発といった用語に触発された思考のメモ書き。趣味から政治の雑感も。

アニメ・特撮の名曲を語る(その9) キックの鬼

 今年(2021年)3月に亡くなった「沢村忠」(本名、白羽秀樹さん、享年78歳)に哀悼の意を表するものである。

 

 「キックの鬼」(1970-1971)はキックボクシングの実在の人物「沢村忠」を描いた作品である。同名のオープニングを歌ったのが沢村忠本人である。

 主人公役のキャラクターボイス(CV)を本人が務める計画もあったというから、もし実現していたら、「帰ってきたウルトラマン」(1971)に先駆けて、主人公役が主題歌を歌った初の作品となっていた。

 

 歌を漫然と聞くと、どこかのおじさんがカラオケを歌っているようにも聞こえるが、そうではない。死地を潜り抜けて一周回った軽やかさに、秘められた迫力と情熱、格好良さがある。歌の上手下手が、ヒットするかどうかの要因には必ずしもならない好例とも言える。

 

 歌における、児童合唱団とのアンバランスが、高度成長期の歪みそのものを表しているとすれば、歌と共に作品全体が、ショー的でない格闘技への渇望として表現されているとも言えよう。

 楽曲の構成にしても、意外に思えるほど他に例を見ない。

 アニソンで使われた事例を他に知らないが、パーカッションで体鳴楽器に分類されるギロ(のような音、定かではない)が、戦後のハングリー精神あるいは格闘技の雰囲気をよく表している。そこに、カッティングではない、よく分からない効果音的に重なるエレキギターのオーバードライブ音。更には8ビートのロック調仕立てで、ホーンセクションと児童合唱団が加わる。

 字面でだけ追うと滅茶苦茶にも見えるが、一体感のある重厚な曲に仕上がっている。作品世界をいかに表現するかに腐心した跡がよく分かる。

 

 それにしても、放映当時、「真空飛び膝蹴り」や「(逃げる奴には)三段蹴り」等々学校で流行ったと聞く。現代では「いじめ」として事案になるが、当時は日常茶飯事、平然と消化されていた時代。隔世の感がある。沢村忠は引退後、格闘技から距離を置いていたとされるが、その訃報に接し、あらためて一つの時代の終焉を感じずにはいられない。