素集庵 - hut on a phase transition

散逸構造、形態形成、創発といった用語に触発された思考のメモ書き。趣味から政治の雑感も。

アニメ・特撮の名曲を語る(その8) 佐賀事変

 楽曲「佐賀事変」のミュージックビデオ(MV)版(2019)は、アニソンの一つの到達点だ。声優陣によるライブ版「LIVE OF THE DEAD "R"」(2021)も必視聴である。

 楽曲「佐賀事変」のCD音源およびBlu-rayによるMV版は、アニメ本編「ゾンビランドサガ」(第一期)(2018)の放送終了翌年の2019年、第二期制作発表の少し後に発売の、主題歌・劇中歌集「ゾンビランドサガ フランシュシュ The Best」でのお披露目である。CDにある音声の他、珍しい(初めて見た)曲のためのミュージックビデオ(MV)がBlu-rayで同梱されている。
 従って、この時点では、オープニングでもエンディングでも挿入歌でさえなかった。2021年になって第二期が放映され、第9話「佐賀事変 其ノ弐」でエンディング代わりの挿入歌として使われた。

 

 このMVこそ、アニソンの歴史的金字塔。曲の完成度、アニメ本編に込められたフランシュシュメンバーのキャラクターをいかんなく発揮し、映像美と相まって歴史に名を刻んだ。

 音楽的完成度の高さに加え、アニソンの重要な要素である本編経験との接続が、この曲の価値を高めている。この場合、主人公がアイドルグループであるから、その主題である歌とダンスを高いパフォーマンスで表現する事で接続を容易にしている、とも言えるが、花火が上がる夜の筑後川昇開橋を主な舞台とし、佐賀県の観光スポットを織り交ぜての映像美と相俟って、歴史的金字塔となった。

 

 フルコーラスのミュージッククリップの例は過去にもあった。

 「魔法の天使クリィミーマミ」(1983-1984)の主題歌挿入歌集としてのOVA「ラブリーセレナーデ」(1985)がこの種の先駆けと言えよう。また「アベノ橋魔法☆商店街」(2002)のOPに、ディスクの特典映像としてフルコーラス版があるが、いずれも、本編映像の名場面集として再構成されている。

 曲のために新たにアニメ制作してしまった他の例は、寡聞にして知らない。

 

 「ゾンビランドサガ」シリーズに登場するアイドルユニット「フランシュシュ」の手がける曲はおおむね、本職のアイドルグループでも難しいのではと思うほど、ダンス動作が激しい作品だが、その性格や登場人物に持たせたイメージを引き継ぎつつ、単品のMVとして昇華させた制作者の手腕には敬服する。作りたくなった気持ちは良く分かる。

 曲冒頭の太棹三味線の音が、津軽三味線に聞こえてしまったため、「Monkey Majik+吉田兄弟」の「Change」(2007)を想起させたのはかなり個人的な経験だが、

(第二期本放映の今年2021年春に、津軽三味線を主題にしたアニメ「ましろのおと」が放映されていたのは偶然にしてはできすぎている)

 その次の瞬間には、Benny Goodmanで有名な「Sing, Sing, Sing」(1936初出)を彷彿させる。ビッグバンドの重層的構成とリズム感、バップからモダンまでのジャズアレンジをちらちら織り込んだ、短調を基軸とする曲作りには、ニヤリとさせられる。

 ビッグバンドをバックにしたアニソン事例としては、「きんいろモザイク」(2013)の第二期「ハロー!!きんいろモザイク」(2015)のエンディング「My Best Friends」が記憶に新しい。こちらは長調が基調で、やはり女子高生萌えアニメとして歌っているわけだが、佐賀事変のMVでは、監督の境宗久が「ゾンビランドサガ」についてNHKのインタビュー「ダークサイドミステリー(2020年8月20日放送)今熱い!ゾンビ人気の秘密~恐怖と進化の90年」の中で答えているように、「萌えを壊」しながら、女性美の表現を同時に実現している。

 ちなみに、My Best Freindsの声優によるライブ版では生バンドが構成の大きな、CD音源とは違った見事な演奏を聞かせている。ボーカルは声優によるグループ「Rhodanthe*」だが、そのメンバーの一人「小路綾」役の声優「種田梨沙」が「フランシュシュ3号/水野愛」役で、ゾンビランドサガにも参加している。

 構成の大きな楽曲をアニソンにした事例は、オーケストラをバックした曲が、それこそ日本アニメ初期からあるわけだが、アニメ本編経験を直接表現する体裁から、音楽としての独立作品に移行した後でのビッグバンドの起用は、ボーカルを担当する声優達には、普通に考えれば荷が重い事と思う。

 佐賀事変の格好良さは、「少年隊」の「まいったネ 今夜」(1989)にも通じる。オーケストラをバックにした構成の大きな曲はメジャーの歌謡曲に多いが、短調を基調とするジャズアレンジの格好良さは、佐賀事変に受け継がれているように思う。

 もちろん、少年隊の、長い脚を振り回す飛んだり跳ねたりのキレの良いダンスは、少年隊にしかできないことであり、アニメ声優あるいは女性ボーカルユニットにそこを求めている訳ではない。

 しかしながら、アニメ作品中のアイドルグループ「フランシュシュ」として実現可能なダンスも極めて仕上がりがよい。声優陣によるライブ版でもアニメ同様のダンスを披露しつつ、CD音源かと思うほど声質のブレない、フランシュシュ5号/ゆうぎり役の声優「衣川里佳」は凄いとしか言いようがない。

 

 アニメ本編の第二期、ゾンビランドガリベンジ(2021)の第9話「佐賀事変 其ノ弐」でのこの曲を使ったアニメ本編でのライブシーンは、ショートバージョン・TVサイズで音源はCDと同一だが、MVのダンスを流用しつつ、声優達によるライブ版ともまた違った、メインボーカル「ゆうぎり(CV:衣川里佳)」のテーマカラーである赤の透過光をふんだんに用いた、アニメ美術の表現力を最大限発揮している。

 

 個人的好き嫌いで言えば、

 21世紀に入ってからでは、らき☆すた(2007)のオープニング「もってけセーラー服」以来の、10年に一度の快挙。

 日本アニメ史を通じてなら、伝説巨人イデオン(1980-1981)のエンディング「コスモスに君と」(vo.戸田恵子,作曲:すぎやまこういち)、「はじめ人間ギャートルズ」(1974-1975)のエンディング「やつらの足音のバラード」(vo.ちのはじめ,作詞:園山俊二,作曲:かまやつひろし)に並ぶ、最高ランク入りとなった。

 

 以下、本稿の趣旨ではなく蛇足。
 だからこそ、
 第二期(2021)第8話「佐賀事変 其ノ壱」・第9話「佐賀事変 其ノ弐」は、この曲を使うために無理やり作ったとしか思えない、残念な回だったと言いたい。ストーリーが平面的で深みがないエピソードだった。曲に本編が負けている。
 第一期第1話で「維新の裏にこの人あり」と紹介された伝説の花魁「ゆうぎり」だった事もあって、肩透かし感は否めない。明治初期の描き方が足りない。
 例えば、佐賀士族残党の活動にもっと深く関わっていたとか、徐福が感じる「借り」なるものをもっと表現するとか、幕末維新期のゾンビと交錯するとか、現代の他のメンバーに繋がる小ネタを挟むとか、個人的に思うところが多い。
 第9話の最後は当然この曲しかないとはいえ、2話続けて明治初期を描き、唐突に現代のライブハウスに場所を移し、楽曲「佐賀事変」が登場する。いずれにしても、処刑に至るまでの説得力と現代への接続がもっと明確に、あるいは示唆多くあるべきだった。

 まだ制作発表もされていない第三期で、この状態を大掛かりな伏線として回収できるかどうか、無理だろうと思うが、僅かばかりの期待もないわけではない。